ポーン羽生。 第II部 チェス対局 羽生善治名人 vs. 小島慎也さん(2)

第II部 チェス対局 羽生善治名人 vs. 小島慎也さん(2)

ポーン羽生

このように見るとアスリートとしての際立った身体性を感じる。 羽生結弦がポーンと跳んだ。 後ろに振り上げた右足を思い切り振り下ろして高く跳んだ。 トリプルアクセル? いや、1回転しただけで体を弛緩させて着氷した。 また同じようにポーンと跳んだ。 ただのパンク? いや、彼に限ってトリプルアクセルを連続で失敗することなどありえない。 同じシーンを見たことがある。 2015年11月、長野のNHK杯でのことだ。 あのときはフリーの日の午前練習でポーンと跳んだ。 その直後におそろしく飛距離の長いアクセルを跳び、3回と半分回って降りた。 「4回転をやろうとしてたんじゃない?」 ひとり興奮するボクに賛同してくれる人はあまりいなかった。 鋭い視線、漂う気配から……。 それから4年。 12月6日のイタリア・トリノ。 GPファイナルのフリーへ向けての練習日のことだった。 「来る!」 パラベラのスタンドに陣取ったカメラマンたちが息を飲んで沈黙する。 連射にそなえシャッターボタンに添えられた右手人差し指がぷるぷると震える。 それほどの助走距離を取ったわけではない。 だが鋭い視線、漂う気配がそれを教えてくれる。 「行った!」 同時に雷鳴のようなシャッター音が巻き起こる。 最高の挑戦者は最高の被写体だ。 「回った!」と思った。 「降りた!」と思った。 「歴史の目撃者になった!」と思った。 だが彼の体は固い氷に叩きつけられた。 4回転アクセル。 高く跳べば、それだけ体を締め回転に入る動作が遅れる。 距離を出せば回転速度が上がらず着氷は難易度を増す。 いずれにせよ途中で降りて3回転にするという選択肢はないジャンプ。 悔しさを浮かべた彼は、またポーンと跳んで高さを確認した。 そしてまた目をギラギラさせて右足を大きく振り上げ、振り下ろす。 2度、3度。 その度ごとに彼の体は叩きつけられて、その度ごとに悔しさを増幅させて立ち上がった。 見守る観客たちはわれわれと同じように息を飲み、転倒には小さな悲鳴を上げた。 ケガを心配して「ここでやる意味」を問いかけたのはボクだけではないはずだ。 だが彼の挑戦がSPの2位発進で少し落ち込んでいたファンたちに勇気を与えたのは間違いない。 彼にとってはクワドアクセルは夢ではなく、夜明けが近いことを示すことができた。 そしてボクたちカメラマンがうれしかったのは彼が失敗を悔しがってくれたこと。 五輪2連覇、史上最高スケーターの呼称。 すべてを手に入れたように見える彼に、まだ勝利への渇望、新技習得への執念があるということ。 最高の挑戦者は最高の被写体なのだ。 カメラマン冥利に尽きるGPファイナル。 GPファイナルはカメラマン冥利に尽きる大会だった。 彼の存在は新聞社系のカメラマンをおしゃべりにした。 フリーだけで1000カット以上もシャッターを切って、実際に紙面に掲載されるのは写真部デスクやら、編集のえらい人やらのフィルターをくぐり抜けた1枚だけ。 そうした不満の解消に「オレの撮った羽生結弦」発表の場を自社のHPに求め、リンク先を明記した上でSNSで発信するカメラマンが増えた。 必要なら連続写真に! の意図。 フィルムカメラの時代、フィギュアスケートの新聞写真といえば「男子はジャンプ、女子はスパイラル(当時)」と相場が決まっていた。 「嫌がる選手が多いからジャンプの写真を大きく使うのはやめてくれ。 現場で肩身が狭い」 「いや記録として必要だ」 「どうしても必要なら連続写真にしてくれ。 ゆがんだ顔が大きくなるよりいい」 こうしたカメラマンVS編集者の戦いも今は昔。 新聞が美しい写真を求め出し、カメラマンの意見が通るようになり、積極的に発言するようになったのも羽生の存在抜きには語れない。 「あっ、誕生日ケーキがある!」 12月8日、一夜明け会見の場。 国籍、職種、音程(これが一番の問題)もさまざまな混声合唱団が小さな白いテーブルに置かれたケーキの前に集まった。 「いいですか皆さん、大きな声で歌って下さいよ」 その間にも会見場の外にいる物見の衆から続々と報告が入る。 「いま部屋を出ました」「いまこちらへ向かっています」 そして「入ります」の声に合わせて「せ~の!ハッピー・バースデー・トゥ~」まで歌ったところで急に声が小さくなる。 だってそれに続くのは「ユ~」なのか「ユヅ~」なのか? 最後は「ハニュウユヅルさん」と早口で歌うのか? 決めていなかったのだ。 1日遅れの誕生日サプライズ。 われわれの痛恨のミスにも、サプライズの気配が廊下までダダ漏れしていたのにも、気がつかないふりをして「あっ、誕生日ケーキがある!」と笑顔で喜んでくれた最高の被写体。 フリー演技後のインタビューで「今に見とけ、って思っています」と羽生は答えた。 「これからもずっと見ている」。 ボクたちはそう答えることにしよう。

次の

【駒】チェスのポーンの動きと使い方【歩兵】

ポーン羽生

このように見るとアスリートとしての際立った身体性を感じる。 羽生結弦がポーンと跳んだ。 後ろに振り上げた右足を思い切り振り下ろして高く跳んだ。 トリプルアクセル? いや、1回転しただけで体を弛緩させて着氷した。 また同じようにポーンと跳んだ。 ただのパンク? いや、彼に限ってトリプルアクセルを連続で失敗することなどありえない。 同じシーンを見たことがある。 2015年11月、長野のNHK杯でのことだ。 あのときはフリーの日の午前練習でポーンと跳んだ。 その直後におそろしく飛距離の長いアクセルを跳び、3回と半分回って降りた。 「4回転をやろうとしてたんじゃない?」 ひとり興奮するボクに賛同してくれる人はあまりいなかった。 鋭い視線、漂う気配から……。 それから4年。 12月6日のイタリア・トリノ。 GPファイナルのフリーへ向けての練習日のことだった。 「来る!」 パラベラのスタンドに陣取ったカメラマンたちが息を飲んで沈黙する。 連射にそなえシャッターボタンに添えられた右手人差し指がぷるぷると震える。 それほどの助走距離を取ったわけではない。 だが鋭い視線、漂う気配がそれを教えてくれる。 「行った!」 同時に雷鳴のようなシャッター音が巻き起こる。 最高の挑戦者は最高の被写体だ。 「回った!」と思った。 「降りた!」と思った。 「歴史の目撃者になった!」と思った。 だが彼の体は固い氷に叩きつけられた。 4回転アクセル。 高く跳べば、それだけ体を締め回転に入る動作が遅れる。 距離を出せば回転速度が上がらず着氷は難易度を増す。 いずれにせよ途中で降りて3回転にするという選択肢はないジャンプ。 悔しさを浮かべた彼は、またポーンと跳んで高さを確認した。 そしてまた目をギラギラさせて右足を大きく振り上げ、振り下ろす。 2度、3度。 その度ごとに彼の体は叩きつけられて、その度ごとに悔しさを増幅させて立ち上がった。 見守る観客たちはわれわれと同じように息を飲み、転倒には小さな悲鳴を上げた。 ケガを心配して「ここでやる意味」を問いかけたのはボクだけではないはずだ。 だが彼の挑戦がSPの2位発進で少し落ち込んでいたファンたちに勇気を与えたのは間違いない。 彼にとってはクワドアクセルは夢ではなく、夜明けが近いことを示すことができた。 そしてボクたちカメラマンがうれしかったのは彼が失敗を悔しがってくれたこと。 五輪2連覇、史上最高スケーターの呼称。 すべてを手に入れたように見える彼に、まだ勝利への渇望、新技習得への執念があるということ。 最高の挑戦者は最高の被写体なのだ。 カメラマン冥利に尽きるGPファイナル。 GPファイナルはカメラマン冥利に尽きる大会だった。 彼の存在は新聞社系のカメラマンをおしゃべりにした。 フリーだけで1000カット以上もシャッターを切って、実際に紙面に掲載されるのは写真部デスクやら、編集のえらい人やらのフィルターをくぐり抜けた1枚だけ。 そうした不満の解消に「オレの撮った羽生結弦」発表の場を自社のHPに求め、リンク先を明記した上でSNSで発信するカメラマンが増えた。 必要なら連続写真に! の意図。 フィルムカメラの時代、フィギュアスケートの新聞写真といえば「男子はジャンプ、女子はスパイラル(当時)」と相場が決まっていた。 「嫌がる選手が多いからジャンプの写真を大きく使うのはやめてくれ。 現場で肩身が狭い」 「いや記録として必要だ」 「どうしても必要なら連続写真にしてくれ。 ゆがんだ顔が大きくなるよりいい」 こうしたカメラマンVS編集者の戦いも今は昔。 新聞が美しい写真を求め出し、カメラマンの意見が通るようになり、積極的に発言するようになったのも羽生の存在抜きには語れない。 「あっ、誕生日ケーキがある!」 12月8日、一夜明け会見の場。 国籍、職種、音程(これが一番の問題)もさまざまな混声合唱団が小さな白いテーブルに置かれたケーキの前に集まった。 「いいですか皆さん、大きな声で歌って下さいよ」 その間にも会見場の外にいる物見の衆から続々と報告が入る。 「いま部屋を出ました」「いまこちらへ向かっています」 そして「入ります」の声に合わせて「せ~の!ハッピー・バースデー・トゥ~」まで歌ったところで急に声が小さくなる。 だってそれに続くのは「ユ~」なのか「ユヅ~」なのか? 最後は「ハニュウユヅルさん」と早口で歌うのか? 決めていなかったのだ。 1日遅れの誕生日サプライズ。 われわれの痛恨のミスにも、サプライズの気配が廊下までダダ漏れしていたのにも、気がつかないふりをして「あっ、誕生日ケーキがある!」と笑顔で喜んでくれた最高の被写体。 フリー演技後のインタビューで「今に見とけ、って思っています」と羽生は答えた。 「これからもずっと見ている」。 ボクたちはそう答えることにしよう。

次の

チェス戦略大全II ポーンの指し方とセンター

ポーン羽生

説明文の最後の「固定レイアウト型に関する注意事項」を必ずお読みください。 中盤のバイブルとして、1975年にチェコスロバキアで発刊されて以来、世界中で売れ続けている戦略書の邦訳。 熱烈なチェスファンでもある棋界の第一人者・羽生善治将棋名人も絶賛している。 以下の点にご注意し、購入前にプレビュー表示をご確認の上、ご購入ください。 チェコスロバキア・西ドイツのグランドマスター。 7度のチェコスロバキア・チャンピオンと1度の西ドイツ・チャンピオンに輝く。 両国の代表選手としてオリンピックに出場。 1994年、柏サンキングチェスサークル 現松戸チェスクラブの前身 を設立。 1994年、チェス3段取得 日本チェス協会。 2005年、静岡チェスサークルを設立。 現在、松戸チェスクラブに所属、チェスの普及に努める 本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです --このテキストは、版に関連付けられています。

次の