ガマ の 油 映画。 「ガマの油」の映画の感想・評価・レビュー

「ガマの油」の映画の感想・評価・レビュー

ガマ の 油 映画

『人生は二度死ぬ』と主人公の矢沢拓郎に語らせる本作は、息子の死をどう乗り越えていくかということをテーマにした、癒し系の作品であるはずでした。 一度目の死とは、額面通りの死んだとき。 そして二度目の死とは、死んだことすら遺された人たちの記憶から忘れられること。 だから本作のラストでは、ずっと忘れないように思い出にとどめておこうと主人公に語らせる感動作を、役所広司監督は狙っていたようなのです。 だがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~! それをシンプルに描けばいいものを、いろんな要素をてんこ盛りにした結果、何を伝えようとしてる映画なのか、わからない作品になってしまいました。 特に冒頭から1時間は、観客を置き去りにしたまま、ぶった切りで場面転換していくので、今のシーンはどういう意味があるのか掴めないまま、次の場面を見せられるということの繰り返しだったのです。 1時間ぐらい経過したところで突如登場するガマの油売りは、時空を超えての登場ということなのですが、どう超えたのか説明なし、しかもメインストーリーに全く絡まなく、狂言回しみたいな唐突さだったのです。 ため息が出るほどシラけました。 さすがに拓郎の演技自体は、名優役所広司が演じているだけに、悪いわけがありません。 けれども自分の芝居を見せるためのシーンを追加していった結果、脈絡のないものになっていったものと推察します。 普通ならその辺を監督がセーブするのですが、悪いことに役所自身が監督をしているため、誰もヘンだぞと意見したり止める勇気を持てなかったのでしょう。 10年前に松本幸四郎さんが主役の作品に関わったことがありますが、そのときでも幸四郎さんの意向にはなかなか口が挟めなかったのです。 大物俳優が主演するだけでも現場が支配されるのに、まして監督まで担当されては絶対的な権限を持ってしまいます。 イーストウッドの場合は、それがいい方に出ているのですが、この作品では張り切りすぎて、主演監督の暴走になってしまいました。 それでも矢沢拓郎というキャラは、愛すべき存在。 1日数億円も損したり稼いだりする切った張ったのトレーダーをやってて、その都度喜怒哀楽を隠そうとしないところが人間味を感じさせる濃いキャラの持ち主です。 そして年の割には、パソコンを何台も屈指して投資分析するというIT時代を先取りしていました。 ただパソコンのモニターの反対側には、縁日によく見かける銀玉鉄砲と的となる景品が並べてあり、「100発百中」という書き置きが貼り付けてありました。 拓郎は、大損したときのストレス発散用に的当てで自信を鼓舞していたのです。 ITとレトロな的当ての組み合わせがなかなかユニークですね。 そんな拓郎に寄り添っていたのが、一人息子の拓也でした。 若手俳優でもっとも華がある瑛太を起用しているのですが、登場早々に自動車事故に遭い、植物人間になって、やがて死んでしまいます。 ほとんど芝居らしい芝居を見せることもなく殺してしまうのは、何とも贅沢な瑛太の使い方だなと思いました。 それと息子というよりも拓郎の部下に見えたのは気のせいでしょうか? 一人息子が植物人間になっているのに、拓郎は顔色一つ変えません。 あれほど投資では喜怒哀楽を示すのに、息子に関しては鉄面皮だったのです。 そして拓也の恋人の光から拓也の携帯に電話がかかったとき、息子の事故のことを隠して、本人になりすましてしまい、拓也が死んだ後まで光との会話を楽しむ始末だったのです。 それが現実逃避であることは、拓郎にもわかっていたのですが、どうにも息子の死を息子の恋人に伝える勇気が出てこなかったのです。 それを伝えることは息子の死を認めること意味していたのでした。 明らかに拓也の声ではないのに、拓郎を拓也と信じ込んで電話し続ける光の対応は、普通ならあり得ないことです。 でも違和感を感じさせなかったのは、光を演じる沖縄出身の二階堂ふみの元気キャピキャピの演技に救われているところが大きいと思います。 けれどもその後は光のことなんかどっかに置いてしまって、拓也の散骨をどうするかの方に話の流れが変わってしまいます。 そこで先ほどの熊との遭遇で谷に落ちてしまった拓郎は、一旦死んでしまい。 拓也と再会するのです。 拓也に背負われてファンタジックな空間を歩むところはなかなかよくて、このシーンがエンディングで充分でした。 しかし役所監督は、ここでハタと思い出します、光をだましたまんまで終わってはいけないと。 そこで急遽拓郎を生き返らせて、残り30分を横須賀に舞台を移し、光と拓郎の和解編が追加された格好になっています。 そこで一杯一杯で、拓郎の少年時代に遭遇したガマの油売りとのエピソードは、大幅に割愛せざるを得なくなったのではないでしょうか。 結局拓郎が拓也の死をどう乗り越えたのかは、わからずじまい、『おくりびと』のような感動を期待して試写会に臨んだものの、全くの期待はずれに終わり、むしろ腹立たしい思いに駆られました。

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ガマの油

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笑いは体にも心にも効く Q:『ガマの油』はとても元気になる映画ですが、ご自身の元気の源は何ですか? 役所:やはり笑いですね! 笑うと体の中からいいものが出るという結果が医学的にも証明されているそうですよ。 やはり笑いというのはわれわれ人間にとって一番大事なことだと思いますね。 笑うことで相手にも元気を与えることができると思うし、本人にとってもとてもいいことだと思います。 瑛太:監督がおっしゃるようにやはり笑いもそうですが、大きな声を出したりすると元気が出るような気がしますね。 パワーがみなぎってきます。 クラシックでもジャズでもポップスでも何でもいいんですが、とにかく音楽を大音量で聴くと元気が出ますね! Q:では、今回初めて監督としてこの作品を世に送り出した感想を聞かせてくだい。 役所:映画作りというものを今回経験させてもらって、映画の面白さと厳しさと奥深さを改めて体験することができました。 僕はこれからも俳優をやっていくわけですが、その上でも貴重な体験をさせてもらったという感じですね。 Q:瑛太さんは監督の熱いラブコールに応えての出演だったそうですが、実際に監督とお仕事をされてみていかがでしたか? 瑛太:最初にこのお話をいただいたときは脚本もとても面白かったし、役所さんの初監督作品に自分が参加することができるということに加え、役所さんの息子役として出演できるということもまるで夢のようでした。 僕のあこがれの俳優である役所さんと同じ現場の空気を吸えるということだけで期待も膨らんで、ものすごくうれしかったことを覚えています。 Q:監督は、瑛太さんと一緒にお仕事されてみていかがでしたか? 役所:本当に拓也という役は彼しかいないと思っていたんでね。 彼の存在感がこの映画には重要でした。 拓也が意識を失った後も最後まで彼がこの物語を引っ張っていかなければならないんですよ。 その確固たる存在感というものを、瑛太君はしっかりと彼自身の持ち味で出してくれたと思いますね。 Q:監督は細やかな演出をされるとうかがいましたが? 役所:いや、僕が役者さんたちに言ったのは、ただもうのびのびと楽しくやってくださいということだけですね。 現場はとても楽しい雰囲気だったと思いますよ。 まぁ、瑛太君は忙しいスケジュールの中、よく頑張ってくれました。 役所広司が父親なら良かった!? Q:この父と息子の関係は不器用なりにとても温かいものでしたが、ご自身のお父さまの印象に残る思い出はありますか? 役所:うちのおやじは、かなり無口な男でした。 僕は男ばかりの5人兄弟の末っ子で、しかも遅くにできた子どもだったんで、随分おやじにはかわいがられた方だと思いますね(笑)。 瑛太:自分の父親ですか? うーん、小さいころからあまり話をした覚えはないですね(笑)。 Q:拓郎は拓也の彼女である光に優しいウソをつきますが、最近ついた優しいウソは何ですか? 役所:うーん、難しい質問ですね。 ウソをつかないと言うと、ウソになりますね……。 どれが優しいウソなのかわからないですね。 ウソはこれまでもいっぱいつきましたけどね。 でも、ウソはいけないですよね! 瑛太:いやぁ……、本当に思い当たらないですね(と本気で悩んだ様子)。 Q:小林聡美さんが母親役と、ガマの油売りの女房というなまめかしい人物を演じていらっしゃいましたが、それをそばでご覧になっていかがでしたか? 役所:小林さんの役は、とにかく男にとってこの上なく素晴らしい女性像なんですよ。 ダメな男を支えているという部分は、彼女が演じたどちらの役にも共通しているところですね。 瑛太:今回小林さんは僕の母親役という設定だったんですね。 実際に、自分は現場で小林さんと一緒に仕事をしているわけなんですが、早く僕自身が母親に対しての接し方というか、彼女との距離感をつかまなきゃいけないなぁ……ということばかりを考えていたので、そのなまめかしさを楽しむ余裕はありませんでしたね(笑)。 この世は金だけじゃない! Q:拓郎は株でいとも簡単に何億ものお金を稼ぎますが、ご自分にとってお金よりも大切なものとは何でしょうか? 役所:きっと、お金より大切なものは世の中にはたくさんあるでしょうね。 それは大切な人との人間関係や、自分自身の熱い思いというものもお金で買えないと思いますね。 多分、今回この映画を撮らせていただいたのも、その大事なものの一つだと思います。 瑛太:お金も大事ですよね(笑)! でも、僕自身は高い地位にあこがれるというよりは、人との出会いのようなものの方が大切だと思いますね。 役所監督に声をかけていただいて、この映画に参加できたこともきっとそういうことなんだと思います。 Q:では、人の優しさを感じるのはどのようなときですか? 役所:たくさんありますよね。 それは自分が映画を作っていても、あるいは俳優として参加していてもそうなんですが、映画に自分が携わるということは、いつもたくさんのキャストやスタッフの皆さんとかかわり合うことなんです。 映画作りというものは、決して自分一人の力だけではできないこともたくさんあるので、人に支えてもらって、そして自分も人を支えて初めて成立するものだと思います。 もちろんこうやって取材をしていただいて、この映画のことを応援してくださるというのも、すごく優しいことだと思いますしね(笑)。 瑛太:毎日の生活に追われていると、監督が今おっしゃったようなことを忘れそうになるんですよね。 でも、人の笑顔を見て優しい気持ちになることで、自分が人に支えられて生きているということは絶対に忘れちゃいけないと思っています。 僕が出演した作品を観てくれた方々が喜んでくださるというのも、きっと優しさの一つだと思います。 大物俳優ながら温かく優しい包容力に満ちた役所と、まじめで繊細(せんさい)な部分が言葉の端々に見え隠れする瑛太。 一見違うタイプに見える二人だが、お互いに慎重に言葉を選びながら、ベストの答えを探ろうとする真摯(しんし)な姿勢はよく似ていた。 この俳優としても、人間としても魅力的な俳優たちのまっすぐな心根は、彼らが演じた、はちゃめちゃな父親と心優しい息子の関係にも通ずるものがある。 よりよく生きるということ、そして豊かな死を迎えるということをポジティブに描いた本作を観て、みんなで元気になろう! 『ガマの油』は6月6日より全国公開 最新インタビュー.

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「ガマの油」の映画の感想・評価・レビュー

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概要 [ ] 江戸時代のガマの油 [ ] ガマの油の由来はに徳川方として従軍した筑波山・中禅寺の住職であった光誉上人の陣中薬の効果が評判になったというものである。 「ガマ」とはガマガエル()のことである。 主成分は不明であるが、「鏡の前におくとタラリタラリと油を流す」という「ガマの油売り」のの一節からみると、ガマガエルの耳後腺および皮膚腺からされる(せんそ)ともみられる。 蟾酥(せんそ)には強心作用、鎮痛作用、局所麻酔作用、止血作用があるものの 、光誉上人の顔が蝦蟇(がま)に似ていたことに由来しその薬効成分は蝦蟇や蟾酥(せんそ)とは関係がないともいわれている。 主成分についてはの花粉「蒲黄(ほおう)」とする説やを煮詰めた「蜈蚣(ごしょう)」、とする説もある。 現在では蟾酥(せんそ)、蒲黄(ほおう)とも医薬品に指定され、同種のものを製造して販売するにはかの資格が必要となる。 筑波山名物のガマの油 [ ] 戦前、筑波山では「ガマの油」として本物の蟾酥(せんそ)が入っているものも作られていたが戦後になってからは規制のために作られなくなった。 だが、筑波山の地元の土産品として陣中膏や陣中油などの商品を売り出す際に「ガマの油」の名称が復活することになった。 いずれも蟾酥(せんそ)は用いられてはいないものの 、昔から陣中油に使われてきたなども用いられている。 各社の商品により名称と配合が異なる。 山田屋薬局ではアドレナリン液、紫根、ホウ酸、酸化亜鉛、、を成分とする「陣中膏・一名蝦蟇(がま)の油」を製造していた(ただし、に倒産)。 種村製薬では、シコンエキス、、、などを成分とする「陣中油(一名ガマの油)」を製造している。 ガマの油売り [ ] ガマの油売りの口上(境内) 江戸時代にガマの油の露天販売を行っていたは客寄せのために大道芸を披露していた。 江戸時代に筑波山麓にある新治村永井の兵助が、筑波山の山頂で自らの十倍もある蝦蟇(がま)に諭されて故郷の「がまの油」を売り出すためのを工夫し、江戸・境内などで披露したのが始まりとされている。 香具師は、風の凝った衣装をまとい、綱渡りなどので客寄せをした後、霊山・筑波山(とも)でしか捕獲できない、とする「」と呼ばれる霊力を持ったガマガエルから油をとる方法を語る。 四六のガマは己の容貌を今業平(のような美形)だと信じているが、周囲に鏡を張った箱に入れれば自らの醜悪さに驚き、脂汗を流すという。 この汗を集め、一定期日のあいだ煮つめてできたものが「ガマの油」である、という。 香具師は、ガマの油は万能である、と語り、まず止血作用があることを示すために、を手に持つ。 刀には仕掛けがしてあり、切っ先だけがよく切れるようになっている。 その刀で半紙大のを二つ折りにし、「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚……」と口上しながら、徐々に小さく切っていく。 小さくなった紙片を紙吹雪のように吹き飛ばす。 このように刀の切れ味を示したあと、切れない部分を使って腕を切ったふりをしながら、腕に血糊を線状に塗って切り傷に見せる。 偽の切り傷にガマの油をつけて拭き取り、たちまち消してみせ、止血の効果を観客に示す。 また、ガマの油を塗った腕は、刃物で切ろうとしても切れず、防護の効能があることを示すというもの(刀にガマの油を塗る場合もある)。 がまの油売りの口上は今日まで伝承されとなっているが 、口上は流派や地方により若干異なる。 筑波山ガマ口上保存会が結成されており口上実演や講習などの活動を続けている。 1月に「筑波山ガマの油売り口上」として認定地域無形民俗文化財第1号に認定された(所在地は筑波山山麓、保持者は筑波山ガマ口上保存会)。 落語 [ ] ガマの油売りの口上に題材をとったが複数ある。 『』は酒に酔ったガマの油売りの話。 『(仇討ち屋)』はガマの油売りがを挑もうとするシーンから始まる。 いずれもによる口上が見所になっている。 出典 [ ]• 東京新聞. 2013年12月13日閲覧。 茨城県観光物産協会. 2013年12月13日閲覧。 東京都薬剤師会北多摩支部. 2013年12月13日閲覧。 つくば市. 2013年12月13日閲覧。 関連項目 [ ]•

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