アベック 殺害 事件。 「名古屋アベック殺人事件」未成年の凶悪事件

名古屋アベック殺人事件とは

アベック 殺害 事件

彼らを結び付けていたのはシンナーだった。 誰かが「バッカンをやろう」と言い出した。 「バッカン」とは、アベックを襲って金品を強奪することだ。 6人は2台の車に分乗して名古屋埠頭へ行った。 そこで、2台の乗用車を鉄パイプや木刀で、次々と襲い、計8万6000円を手に入れた。 それに勢いづいて、もう2、3件やろうということになり、緑区の大高緑地公園入口の駐車場に車を乗り入れた。 23日午前4時半ごろ、Aが場内に停まっている車を見つけ、「あれをやろう」と言った。 Cが即座に承知し、ラリっている他の者も賛成した。 A、Bらは、まず2台の車で退路を塞ぎ、野村を車から引きずり出した。 野村は必死で抵抗したが、鉄パイプや木刀でめった打ちにされた。 野村が気を失うと、車内で腰を抜かしている須弥代を3人の男たちは輪姦した。 性欲を満たしてちょっと冷静になったAは気づいた。 「こいつらをこのまま解放すると、顔を見られているから、サツにタレこまれる。 男は殺して、女はどこかに売り飛ばそう。 それが駄目なら女も殺すほかにはない」 Aがそう言い出すと、他の者も我に帰って、「そうだな、早く片付けないとヤバイ」と焦り始めた。 野村をその場で絞殺し、その死体を車のトランクに入れて、タバコの吸殻などを拾い集め、逃げ出した。 23日朝、大高(おおだか)緑地公園で、窓ガラスが割られ、車体がボコボコになった車が発見された。 所有者の須弥代が行方不明になっていることも分かり、警察の捜査が始まった。 翌24日、Aらは、須弥代を車内に監禁していたが、処置に困って、須弥代を絞殺することになった。 AとBは、須弥代の首に綱を巻き付け、綱引きをした。 「このタバコを吸い終わるまで引っ張るんだ」などとふざけながら絞殺した。 この2人からは現金約2万円を奪っていた。 27日、目撃情報などからA、Bらが逮捕された。 自供通り、三重県阿山(あやま)郡大山田村(現:伊賀市)の山林から2人の遺体が発見された。 1989年(平成元年)6月28日、名古屋地裁は、主犯格のAに死刑、Bに無期懲役、高志健一に懲役17年、Cには懲役13年、他の2人の女性には、懲役5年〜10年の不定期刑を下した。 Aは「少年だから死刑になるはずがない」と言って、裁判官の心証を悪くしたようだが、犯行の残虐ぶりが極刑の最大の原因となった。 裁判長は「その冷血非情さには、一片の情状酌量の余地もない」と述べた。 Aと高志健一は控訴した。 1996年(平成8年)12月16日、名古屋高裁は、「精神的に未成熟な青少年による場当たり的な犯行で、矯正の可能性が残されている」として、1審判決を破棄、Aに対し無期懲役を言い渡した。 高志は懲役13年の判決だった。 この事件のあった1988年(昭和63年)11月(殺害は翌年1月)には、東京都足立区綾瀬でが発生する。

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名古屋アベック殺人事件の概要と詳細!加害者や被害者の現在は?

アベック 殺害 事件

名古屋アベック殺人 名古屋アベック殺人事件 【事件概要】 1988年2月23日未明、名古屋市緑区の県営大高緑地公園駐車場で、デート中の理容師・Xさん(19歳)と理容師見習い・Y子さん(20歳)が、車2台に分乗してきた男女のグループに突然襲われ、現金を奪われて車を破壊された。 グループの男達はY子さんを集団レイプ。 挙句の果てに2人とも殺害した。 A B C D E子 F子 【大高緑地にて】 1988年2月23日午前4時半頃、名古屋市緑区の県営大高緑地公園駐車場で、デート中で車の中にいた理容師・Xさん(19歳)と同僚の理容師見習い・Y子さん(20歳)が、車2台に分乗してきた男女に突然襲われた。 男たちは木刀や鉄パイプを持ってXさんの車を取り囲み、バールなどでフロントガラスを割り、Xさんを引っ張り出して木刀でメッタ打ちにした。 女たちははY子さんを車から引きずり下ろし、「裸になれ」と命じ、上半身裸にさせたうえで木刀で殴りつけた。 この後、男達はY子さんを藪の中へ連れこみ、集団でレイプした。 その間、女は車内を荒らし、Y子さんの所持品であるぬいぐるみを奪っている。 再び、駐車場に連れ戻されたY子さんは男女らにタバコの火を全身に押しつけられた。 Y子さんが許しを請うと、女は「ばかやろう。 ぶりっ子するんじゃない」と殴った。 「警察に行かれると困るので、連れて行こう」 午前6時ごろになって、車の通行も目立ち始めたため、1人の男がそう提案した。 XさんとY子さんを車に乗せ拉致した。 翌24日午前4時30分頃、愛知郡長久手町の公園墓地で降ろされたXさんは正座させられ、洗濯用ロープを首に巻きつけられ殺害された。 男達はふざけながら、「タバコを吸い終わるまで」と綱引きのように両方から絞めたのである。 一味はXさんの遺体を車のトランクに積みこんだ後もY子さんを連れまわし、名古屋埠頭に来た。 ここでY子さんが「外に出たい」と言ったので、見張られながら下車したが、海に飛び込んで死のうとしたところを掴まり、車に連れ戻された。 その夜は男のアパートに戻り、ここでも男がY子さんを強姦する。 25日午前2時ごろ、Y子さんを乗せた車は三重県大山田村に到着。 男達は遺体を埋めるための穴を掘り始めた。 そしてY子さんは、Xさんと同じように殺害された。 【噴水族】 23日早朝早朝、緑地公園を散歩をしていた人が、車体がボコボコになり、フロントガラスや窓ガラスが粉々に割られた乗用車を発見。 周辺には女性の下着や、ガラス片、血痕などが散乱していた。 やがて、この車の所有者が知多郡東浦町のXさんのものとわかる。 交際相手であるY子さんも行方不明となっていたことから、警察の捜査が始まる。 27日、愛知県警は目撃情報などから、とび職・A(当時19歳)をリーダーとしたグループ6人が逮捕した。 証言から山中に捨てられた2人の遺体を発見。 A(当時19歳) とび職。 元暴力団組員。 B(当時20歳) 暴力団構成員 C(当時17歳) とび職。 元暴力団組員。 D(当時18歳) E子(当時17歳) F子(当時17歳) 美容師見習い グループはシンナーを常習しており、深夜に暴走行為、名古屋市中区栄のテレビ塔噴水付近にいつもたむろしていたため「噴水族」と呼ばれていた。 事件当夜もやはりここに集結しており、そのうち誰かが「バツカン(アベックを襲い、金を奪うこと)しよう」と言い出した。 6人は2台の車に分乗して名古屋埠頭へ向かった。 ここで2組のアベックを襲い、計8万6千円を手に入れているが、彼らはそれで満足はしなかった。 続いて、アベックがいるだろうと踏んだ大高緑地公園に向かった。 Aは二男として生まれ、妹が2人。 中学入学してから、厳格な父親に反発して非行が進み、2度のバイク窃盗事件を起こしている。 中学卒業後、愛知総合職業訓練校に入学。 だが暴行事件を起こして退学。 その後は飲食店、内装業などを転々とする。 86年11月、Aの弟が交通事故を起こして、山口組系の暴力団とトラブルになった。 この時、Aは度胸を買われ、弟釈放を条件として組員となった。 まもなく窃盗未遂で、保護処分。 友人宅に忍び込んで現金を奪って試験観察処分を付される。 トラック運転手として働き始めるが、観察が不処分となってすぐ、再び組に出入し始めた。 この頃、組の後輩・B、Cと知り合っている。 やがて、Bの交際相手だったF子と情交を結び、2人で行方をくらませた。 Aはとび職の仕事を始め、CもAを頼って同じ会社で働き始めた。 1歳の時に両親が離婚し、愛知県一宮市に住む父方の祖母に預けられた。 小学校3年頃から万引などで補導され、半田市の情緒障害児短期治療施設に送られる。 その後、一宮市内の養護施設に移された。 中学卒業後、製鋼会社に就職。 まもなく実母がBの所を姉を連れて訪れ、義父と一緒に暮らすことになった。 Bは義父とは折り合いが悪く、母親はアルコールに溺れていたため家出した。 86年1月、勤めていた布団販売会社の仕事で栃木県に出張中、ひったくり事件を起こし、試験観察処分を受ける。 母親は引き取りを拒否した。 その後、職を転々としてから暴力団組員となる。 F子は当時彼の情婦だった。 Cは給食費の払いが遅れるなどして、「貧乏人」「乞食」などと言われ、よくいじめられていたという。 中学時代から、仲間とつるみ、シンナーをやり始める。 父親は相変わらずで、母親1人が家計を支えた。 中学卒業後、鉄工所、土工などを転々としたのち、Aのいた暴力団組員となった。 行方をくらませたAの後を追って、同じ会社で働き始める。 弟2人とともに用務員を務める母親に女手ひとつで育てられる。 色白でやせ型、どちらかと言えば女性的な風貌だった。 中学時代から不良仲間とつるむようになり、喫煙、シンナーをやり始める。 83年6月、バッティングセンターに侵入し、金品を物色していたところを検挙される。 同年9月にも小学生を恐喝して財布を奪い、名古屋家裁に送られる。 85年3月、中学卒業後、理容店、寿司店などを転々とする。 87年4月頃からは自動車学校で知り合った仲間に誘われ、暴走族「栄噴水族」のメンバーになった。 その後、A、B、C、F子らと知り合う。 犯行に加わったグループにおいて、Dは他の従属的なメンバーと違いAとは対等な立場にあった。 中学卒業後、名古屋市の調理師専門学校に入学。 86年10月、母親と口論して家出し、仲間らとシンナー吸引を始める。 その後、Dと出会い、別の暴力団組員と同棲生活を始める。 その組員と結婚したいと親に相談したが、反対されたため家出。 Dに貸した1000円の回収に出向き、そのまま犯行に加わった。 母親は妹を出産してから情緒不安定となり、毎日酒を飲み、パチンコ通いするようになった。 また外出しては、何日も帰らないこともあった。 さらに幻聴など、精神的異常もあり、明らかにアルコール中毒だった。 このため小学校低学年のF子は弟や妹の面倒を見る。 10歳の時に両親が離婚。 F子は父親に、母親について「あんなんならいらない」と言う。 中学1年の時、父親がF子と5歳しか変わらない17歳の少女を妊娠させ再婚。 5人で暮らし始める。 しかし、義母とは反りが合わず、F子は祖父に引き取られて、転校。 その後、弟妹らとともに全寮制施設に移った。 中学卒業後は美容師見習いとなり、住みこみで働き始めたが、人間関係がうまくいかず、店をいくつか変える。 そしてBの情婦となる。 【裁判】 公判中、Aは「少年なので死刑判決は受けない」とうそぶく。 89年6月28日、名古屋地裁、裁判長は「その冷血非情さには、一片の情状酌量の余地もない」とAに死刑を言い渡す。 永山則夫以来10年ぶりの少年への死刑判決だった。 また他のメンバーも無期懲役、懲役5〜17年の判決。 AとBは控訴。 96年12月26日、名古屋高裁、一審を破棄。 Aに無期懲役を言い渡し、Bも懲役17年から同13年に減刑。 刑は確定した。

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名古屋アベック殺人事件

アベック 殺害 事件

名古屋アベック殺人事件とは? 名古屋アベック殺人事件は1988年2月に フロントガラスや窓ガラスは粉々に破壊され、 車の中には血のついた下着も残っており、車を見つけ警察に通報。 同時期行方不明になっていた若い男女二人が行方不明になっていることが明らかになっており捜査が開始された。 この事件の年の年末には女子高生コンクリート詰め殺人事件が発生した [スポンサーリンク] 名古屋アベック殺人事件における被害者と加害者たち この事件には2人の被害者と6人の加害者が存在します。 人物 人物像 Aさん 被害者。 当時19歳の理容師の男性。 Bさん 被害者。 当時20歳の理容師見習い。 C 当時19歳のとび職。 D 当時唯一の20歳。 E 当時17歳のとび職。 F 当時17歳の無職。 G(女) 当時17歳の無職。 H(女) 当時17歳の無職。 とび職というのは建設業における高所での活動を専門にしている人たちのことです。 肉体労働ということもあり、かなり気性の荒い人もいることでも有名です。 [スポンサーリンク] 名古屋アベック殺人事件の犯行までの流れ アベックというのは死語で「カップル」の意味。 この犯人たちは常日頃から「 バッカン」と称して アベックを襲っては金品を強奪するという行為を繰り返しており、この日も名古屋市港区の金城埠頭布巾で2台の車を襲い計8万6000円余りを強奪していた。 そのまま勢いづいてしまった犯人たちはデートしているアベックの車を物色し、大高緑地公園の駐車場でBさんの車に狙いを定めたのが事の流れ。 犯人たちは木刀や金属バットで車の窓ガラスを殴り外に出るように命令。 外に引きずりだしたAさんを殴り、「金を出せ」と言い始めた。 [スポンサーリンク] 名古屋アベック殺人事件における事件の流れ この事件が発生してからの流れを話していきます。 1人目の被害者• 2人目の被害者• 2人の殺害と証拠隠滅 順番に見ていきます。 1人目の被害者 Aさんは木刀で殴られ、頭を押さえその場に座り込んだが、犯人たちは Aさんの全身を滅多打ちに殴打した。 Aさんは気を失ってしまったが、その後 GとHが木刀でAさんの腕を殴り、ハイヒールで頭を殴打し、「正座しろ」と命令し正座させてさらに全身を木刀で殴打した。 Aさんは殴られるたびに左右に手を付いてしまったがDが右足で蹴るなどの暴力をふるった。 2人目の被害者 Bさんは GとHからシンナー入りの袋で頭を殴打され、髪の毛を強く引っ張られながら車から引きずり降ろされ、ハイヒールで足や背中、腹などを多数回蹴りつけられた。 シンナー入りの袋が破れてシンナーがBさんの頭にかかった時は「シンナーが無くなった」などの因縁を付けられたりもした。 さらに 両腕や背中を木刀で殴られ、「 裸になれ」と命令され服を脱がされた。 この時、さらに両腕を殴られていた。 被害者2人の結末 2人はこのような 暴力を30分近く浴び続けた後、 Bさんは強姦された。 管理人も書きたくないほどの性的暴力・・・・。 煙草のやき入れ、 ライターを使った性的暴行などの人としての尊厳を奪うような性的暴力を浴びさせられました。 AさんもBさんだけは助けてほしいと言いましたが無視され腹を蹴られるなどの暴力を浴びさせられました。 そしてそのような 残虐な行為が1時間行われた後、犯人たちは信じられないことを言い始めた。 警察に行かれると困る そして二人は拉致された。 だがそれ以上に信じられないことを6人の犯人たちは言い始めた。 「車(Aさん)の修理代はどうしよう」 「俺、金無いよ。 どうやって弁償するの?」 「顔は見られてるから男(Aさん)はケガもひどいから殺そう。 女(Bさん)はどこかに売り飛ばそう。 無理な時は女も殺そう」 口はかなり悪くなるが鬼畜の発言と 同じ人間と思えない。 こうしてAさん、Bさんは一旦名古屋市内のホテルに拉致され、その間にBさんは 性的暴行を受けた。 その後 Aさんは犯人たちに苦しめられながら殺害され、 BさんはAさんの後に殺害された。 この間にも Bさんは性的暴行を受けたりしていたが、 犯人たちはこの行為を楽しんで行っていたという。 さらに、身元が分からないように身分証やキャッシュカードを奪い、自分たちの車を洗い、AさんとBさんを 埋めるなどして証拠隠滅をした。 [スポンサーリンク] 名古屋アベック殺人事件における犯人の裁判と判決 犯人たちは逮捕され、名古屋地裁で以下の判決を受けた• Cは死刑判決• Dは懲役17年• Eは無期懲役• Fは懲役13年• Cは当初、「 俺は未成年だから死刑にはならない」、「 少年だから罪は軽い」などと言っていたが、 Cは死刑判決を受けた時は「えっ」と驚いていたという。 しかし、 Cはその後「更生の余地あり」として「無期懲役」が言い渡され、 Dも同様に「懲役13年」に減刑された。 なぜ犯人たちは顔つきで実名報道されないのか? 名古屋アベック殺人事件において事件当時,加害者たちは全員実名報道がされませんでした。 なぜか? 1980年代でも2000年に入ってからも少年法の主な目的は 少年たちの更生 です。 もしマスコミが少年の顔つき写真で実名報道をすればもし彼らが出所した時に実生活に影響を及ぼし,就職できない。 また犯罪を犯すといったことを予防するために報道では「顔も名前も公開しない」といったのが原則です。 もちろん今はSNSの時代で未成年であろうがなかろうがちょっとした犯罪を犯せばすぐに顔写真と名前とその周辺が特定されます。 ある意味で私刑なのかなと思います。 ですが1980年代はネットも普及していなかった時代で,情報を流すのはマスコミや週刊誌のみ。 そんな状況下で顔写真も犯人たちの実名も報道されなかったんです。 [スポンサーリンク] 事件の犯人たちの現在 その後の名古屋アベック殺人事件の犯人の簡単な近況を述べておきます。 人物 近況 C 2018年2月時点では岡山刑務所内の工場で金属部品の加工を行ったりしている。 Cはこの事件のことを後悔しており、「自分のような犯罪者を減らすように努力したい」などと述べている。 D 行方をくらまし遺族への賠償金も支払わず、Dの両親の親権放棄の調停の席にも姿を現さなかった。 E 両親が賠償金を支払う意志がなく、加害者家族の集まりにも一回も顔を出さないという有様。 F 現住所は隠したまま、結婚して妻子を設けて平穏の生活を送っているのとのこと。 Fは「事件にばかり引きずられるのもあれなので前に進める」、「墓参り?時間がないので難しい」など反省どころか自分勝手な意見のみを答えている。 G 賠償金は初めの数回支払ったのみで2000年に出所後に知り合った男性と結婚したが2001年に離婚。 2003年8月の時は水商売で働いていた。 H G同様賠償金は少し支払ったのみ。 出所後知り合った男性と結婚したが離婚、その後は別の男性と再婚し子供をもうけて共働きしているとのこと。 事件で2人の尊厳を奪うような殺し方をし、女性を簡単に強姦し、自分は死刑にならないといって10年近く国の税で守られて出所してからは被害者遺族から逃げるように隠れて自分たちは幸せに生きる。 これが当時の弁護士たちのいう「立派な更生」なんでしょうね。 [スポンサーリンク] 終わりに 今回この事件を紹介しようと思ったのは、日本でこのような凶悪犯罪が起きているという事を忘れてはいけないからです。 被害者の家族も悲惨な人生を送っているので 悲しみと怒りしか出てきません。 言い方はかなり悪いですが、 未成年保護法という法律がこういった犯罪を許してしまったという最悪な事件です。 もちろん、管理人は未成年が犯罪を犯してしまったことに対して保護法は大事だとは思います。 しかし限度はあります。 今回の犯罪は犯行の詳細がすべて正しいかは分かりませんが、少なからず善悪の判断はついていたはずです。 まして17歳や18歳なんだからなおさら区別や判断能力はあったはずです。 「未成年だから守られている」 「未成年だから大した罪にならない」 このような考え方がこういった事件につながったと思うと胸糞悪い事件です。 管理人は「 少年法によって世間的には守られている」が「 ネット上では死刑されている」と思います。 少年法で守られていても今の世の中ではSNSによって加害者たちの個人情報は鬼のように晒され、社会に出ても直ぐに身バレします。 もしこの記事を読んでいる方が未成年の方は必ずこう思ってください。 「少年法には守られるが、SNS、ネット上では未成年であろうが死刑宣告を受けている」 「一度晒されたら最後、二度とまともな人生は送ることが出来ない」 と。

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