過食 嘔吐 顔つき。 「過食嘔吐がやめられない」摂食障害の患者に対するアプローチ

過食症|一般のみなさまへ|日本女性心身医学会

過食 嘔吐 顔つき

「過食嘔吐」について、みなさんご存知でしょうか。 これは摂食障害の症状のひとつで、テレビ番組などでもここ数年はよく取り上げられていますので、ご存知の方も多いかもしれません。 本当に乱暴に大雑把に言ってしまえば、 「神経性やせ症」は ・必要以上にカロリー摂取を制限する ・痩せすぎなのに、太ることに恐怖を持っており、太らないように頑張り続ける ・痩せすぎていることの深刻さを自覚できていない、体重が自己評価に影響を与えすぎている 「神経性大食症」は ・過食を繰り返す ・体重が増加しないように、不適切な代償行為を行う(嘔吐、絶食、過剰な運動など) ・過食と不適切な代償行為が三ヶ月以上、月に一回以上起きている ・体重や体型が自己評価に影響を与えすぎている という症状が出る病気です。 私自身も、ダイエットをきっかけに拒食(神経性やせ症)になり、その後は神経性大食症、過食嘔吐まっしぐらでした。 今は回復したのですが、抜け出すまでに数年かかりました。 今回は、そんな私の過食嘔吐が激ヤバだったときのお話です。 太ることが怖すぎてヤバい 太ることが怖すぎました。 それこそ異常でした。 生活に支障を来したとしても太りたくなかったのです。 太らないためならいくらでも食道と喉と口の中と歯を痛めつけることができました。 まず、過食じゃなくても吐いていました。 いわゆる普通食(つまり、過食じゃない、1日3食のうちの一食)を「吸収」することも恐ろしくて仕方ありませんでした。 何らかの策を講じて、自分の鳩尾を殴ってでも吐いていました。 また、もともと吐きにくい体質だったのに、無理やり吐くようにしたので、慣れない頃は吐くのが大変でした。 最初は吐き方の知識も「喉に手を突っ込めばいいのかな?」程度のものでしたので、まずは吐き方をネットで調べました。 吐き方にもコツがある、ということすら知りませんでしたから、情報収集は驚きの連続でした。 水をたくさん飲むとか、食べるものと食べる順番とか、力を入れる箇所なんかを効率よく吐くために学びました。 早速、調べた通りの手順で吐いてみることにしたのですが、これが本当に難しい。 えづいてもえづいても、何も出てこないのです。 奇跡的に、手のひらに乗るくらいの量を出せたのですが、そこから先は何の音沙汰もなし。 それでも全部吐かないと気が済まなくて、しまいには力みすぎて、ある日の嘔吐後、顔に内出血みたいな小さな赤い点がぽつぽつ出てきました。 顔は涙と涎でぐちゃぐちゃなのに、まぶたまで腫れてしまって、とても外には出られない形相になってしまいました。 しかし、運悪く? 、翌日は昼からバイトでした。 メガネとマスクで出勤して、「眼鏡、珍しいね〜」なんて言われては、半笑いでヒヤヒヤしていました。 外出先や、他人がいる場所だと自由に吐けなかったため、飲み会や誰かとの食事の時も、一刻も早く家に帰って吐くことばかり考えていました。 太りたくなかったからです。 早々に帰路につき、途中でコンビニに寄って、追加の食材を購入して、家で全部食べてから全部吐きました。 やはり、太りたくなかったからです。 体重が減ることへの執着がやばい 体重が減ることにも、異常なほど執着していました。 これは「太るのが怖い」と表裏一体のような気がします。 とにかく、昨日よりも0. 1kg以上は体重が減っていてほしいと常に願っていました。 今思えば、たかが0. 1kgじゃ見た目は変わらないのですが、当時の私にとっては0. 1kgの減量は大変な重大事であり、このうえない快感だったのです。 とにかく、常に「最低値」が見たかったので、1日に何度も体重計に乗りました。 朝起きてすぐトイレに行って体重計、その後もトイレに行くたびに体重計、嘔吐するたびに体重計(減っていなかったらもっと吐く)、半身浴で汗を流しきった後に体重計。 体重計に乗るたびに、0. 1kgでも減っていたら死ぬほど嬉しかったし、変動がなければムッとしたし、0. 1kgでも増えていたら死ぬほどショックでした。 どうにかしてこれを減らさなければならないと思って、どんどん追い詰められていきました。 高カロリーへの欲望がヤバい 本当は痩せたいはずなのに意味不明ですが、過食するときは自然と高カロリーのものばかり求めるようになっていました。 「どうせ吐くなら、いつも食べられないようなギトギトのやつを食べよう!」 と意気込んでいたのもあります。 そのうち、閉店間際のスーパーを回遊魚のようにぐるぐる回って、半額以下の弁当、スナック菓子などをひたすら買いました。 ボリュームのある弁当や、高カロリーな中華のお惣菜、賞味期限間近の大きめのゲロ甘スナックパン、納豆巻き(カロリーはそこそこだが、あると便利)などを見つけると、恐るべき速さで買い物カゴにぶちこみました。 カロリーの高い物が手元にないけれど、今すぐ食べたい! そういうときは、お米を2合くらい炊いて、マヨネーズや醤油、めんつゆやごま油やバターで雑に味付けして、ワシワシ食べていました。 それでも全然足りないと思って、「やっぱり3合炊けばよかったな……」とか後悔していました。 コンビニやスーパー、ファストフードでのドカ買いがヤバい 過食のための食材は、ほとんどの場合、スーパーかコンビニで購入していました。 たまに赤と黄色でMの某ハンバーガーショップにもお世話になっていました(テイクアウトのみ)。 ただし、基本的に近所の店舗にしか行けなかったので、店員さんに「この人いつもたくさん買っていくなあ、全部一人で食べるのかなあ」なんて思われたらどうしよう、死んでしまう……と本気で思っていました。 どこか後ろめたかったんでしょうね。 その結果として、「昨日はあっちのコンビニとスーパーだったから、今日はあそこのコンビニとスーパーにしよう」などのローテーションを組んでドカ買いを行うようになりました。 そういえば、弁当やパン、お菓子やアイスを買い込んだ時、レジのお兄さんに「お箸何膳おつけしますか?」と尋ねられ、「一膳で」って答えた時のやっちまった感は凄かったです。 見栄を張って「二膳で」と言えばよかったのに、これでは全部一人で食べることがバレるじゃないか!と、激しく後悔し、それ以降は「お箸は結構です」と言うようになりました。 たまに、スーパーで知り合いを見つけると、すぐ隠れました。 こんなに買い込んでいるところを見られたら、私が過食嘔吐をしていることを悟られるのではないかと思っていたのです。 知り合いの存在に気付かず、後ろから声をかけられたときなどは、咄嗟に買い物かごの中身を隠したりしていました。 体調がヤバい 拒食で体重が人生の最低値を更新したあと、生理が1年半くらい止まりました(婦人科で謎の注射を打たれたら戻ってきたけど、しばらくは周期が乱れまくっていた)。 また、吐いた後の低血糖の感じ、冷え切った指先と足先をよく覚えています。 ついでに、嘔吐は明らかに心臓に負担がかかっている気がしました。 吐いた後はいつも疲れ切って、しばらく立ち上がれませんでした。 ある日、吐いた後の半身浴で、人生で初めて意識がなくなりかけました。 耳鳴りのような音と共に視界が回り出し、そのうち視界が白いノイズで埋め尽くされました。 私は最後の力を振り絞って、バスタオルを掴み、体に巻きつけながら、なんとかベッドにダイブしました。 濡れた髪のせいで体温がどんどん奪われて、呼吸すらままならない状況で「もう吐いた後に半身浴するのはやめておこう」と決意しました。 そして、これは明らかに嘔吐を繰り返したせいだと思うのですが、げっぷをすると胃液が喉まで出てくるようになりました。 今でもたまに出てきます。 逆流性食道炎一歩手前だったのでは? と思っています。 食べ物への認識がヤバい そのうち、「吐きやすい食べ物」「吐きにくい食べ物」があることに気づきました。 ついでに、「この順番で食べると吐きやすい」などもわかるようになりました(無駄知識にもほどがある)。 食材を買う時は、「これは吐きやすそうだから買う、これは吐きにくそうだからやめておこう、あっでも、途中でアレを挟めばいけるかな?」などと考えながら選ぶようになりました。 もはや、体重云々よりも、吐くことが目的になってしまっていますね。 頭がヤバい 何キロ痩せても、全然細くなった気がしませんでした。 体重が変わるたびに、狂ったようにBMIを計算していました。 結果的にBMI17とか16とか15とかが出てきて、そこで「痩せすぎです」と表示されても、「嘘だ、全然痩せてないだろ」と思っていました。 ボディイメージが完全に狂っていたのでしょう。 痩せても痩せてもまだ足りないので、1日に何時間も半身浴していました。 風呂場にスマホを持ち込んで、ひたすらゲームで遊んだり、ラジオを聴いたりしていました。 風呂上がりに体重を計ると、流した汗の分が減っていて、「よっしゃ!」と思っていました。 当時は水分の重みも嫌だったので、水を飲むのも嫌になっていました。 そして、「普通の食事」がなんなのか本気でわからなくなりました。 なので、私の食生活は、極端に食べないか、極端に食べすぎる(そして吐く)かのどちらかでした。 過食衝動は、いつでもどこでも襲ってきました。 付き合いでおそるおそる食べたクッキー1枚でも十分なスイッチになりました。 「ああ、クッキー食べちゃった。 最悪だ。 今すぐ帰って吐きたい……どうせならたくさん食べてから吐きたい」と考えるのです。 何かを食べて、「吸収」することは罪で、今すぐになかったことにしたい、贖罪したいと思っていました。 たまに、拒食症の人の写真をめちゃくちゃ集めて眺めていました。 こんな風になりたい……と、思っていたようです。 それとは別に、過食嘔吐をしている人がブログなどにアップする、過食に使われた食べ物がズラッと並んだ写真を見るのも好きでした。 理由はよくわかりません。 財布がヤバい 過食嘔吐のときは、とにかくたくさん食べないと気が済まなかったので、食費がヤバかったです。 貯金がガンガン減りました。 特に初期は、一回の過食でおよそ1000円、多い時で2000円弱使ってしまっていたので、それを週に何度か、ひどいときは数日連続で……と考えると、結構な金額でした。 比較的早めに節約を決意し、過食以外の食費や遊ぶお金を極限まで切り詰め、安いスーパーを探したり、自炊するようにしたらだいぶマシになりました。 だとしても、せっかく貯めたお金が……。 当時の通帳を見ると食欲が無くなります。 節約しようとした結果、安くて高カロリーのものに詳しくなってしまいました。 そういえば、トイレットペーパーの減りもヤバかったです。 喉に突っ込んだ手を拭いたり、吐いた後の便器を軽く拭いたりすると、すぐになくなってしまいました。 とにかくヤバかった 今思うと、過食嘔吐全盛期はとにかくヤバかったです。 毎日やるのが普通、という時期もありました。 自分でも、なんで食べているのか全くわかりませんでした。 ヤバかったけど、やめられる気がしませんでした。 一生この大変さが続くのか、命と金、どちらが先に尽きるのか。 不安と衝動が交互にやってきて、ただでさえぐちゃぐちゃな頭がますます死んでいきました。 それなのに、体重が増えるのが怖くて、過食嘔吐をやめるつもりもありませんでした(これはこれでヤバい)。 現在、同じような症状で苦しんでいる方もたくさんいらっしゃると思います。 ご自愛ください。 特に、胃と口とお財布と、心を……。 私自身は、いろいろあって、現在はやめることができています。 既に1年以上は過食嘔吐をしていません。 今後もしない……といいのですけど。 とにかく、過食嘔吐はヤバかった。 渦中の方は、どうかご自愛を…。 次回は、過食嘔吐をやめるに至った経緯と、やめて気づいたことなどの「過食嘔吐克服記」も書いていく予定です。 続けて読んで頂ければ幸いです。 【関連記事】・・ 【執筆者】 090 さん 【プロフィール】 会社員時代の自殺が未遂に終わり、いろんな意味で「サービスで生きてる」無職。 生きてる以上、楽にやっていきたい。 少しでも死にたい人のお役に立てればと思います。 Twitter: まなさなま 2017年10月3日 共感しまくりでした。 私は生まれてずっと肥満体型で、可愛いと思った服もその体型のせいで着られず、醜い体型が嫌で嫌で仕方ありませんでした。 大学生になりひとり暮らしをきっかけに過激なダイエットを初め、一年で15キロ痩せました。 当時は1日600キロカロリーくらいしか摂取していなかったと思います。 食べないといけないので、友達からのご飯の誘いは断り、朝は青汁、お昼はクリーム玄米ブラウンだけ。 夜はこんにゃく刺身だけ。 お菓子は食べない。 お腹が空くという感覚すら麻痺していたと思います。 それでも、服を着こなせて、写真写りも格段によくなった私は自信に溢れて、嬉しくて、ますます食事制限と、激しい運動をするようになりました。 そのとき、自分が摂食に問題がある自覚などなく、周りの女子よりダイエットをがんばっている子、という感覚でした。 そのあと、親戚の結婚式でディナーを食べなければいけなくなり、それがきっかけで嘔吐が始まりました。 はじめは食べた分だけ吐く、という感じだったのですが、次第にどうせはくなら食べたいもの食べよう、という気持ちになり、たとえ夜中だろうが、大雨であろうが、とにかく食べたい気持ちの方が大きくて。 1日数千円使って、吐きやすいパンや揚げ物、お菓子やアイスを食べまくり吐くようになりました。 はじめは時間がかかっていた嘔吐も、今ではもう慣れて一気にたくさん出せるようになりました。 テレビでたまに目にしていた過食嘔吐という病気。 なんで食べて吐くなんて行為をするんだこの人たちは。 と思っていたのに、気がつけば自分がそうなっていました。 吐いた後体重が戻っているかチェック、胃の膨らみがもどっているかチェック。 異常です。 拒食のときよりは体重はありますし、だいぶ肉付きはよくなりました。 今日は過食しないぞ!と思っても、すぐにその決意は壊れてしまう。 どかぐいして、でもこれ以上太りたくないから吐いてしまいます。 こんな異常な摂食をしているなんて誰にも言えません。 普通に食事がしたいです。 このブログに心から共感し、つい長文になってしまいました。 ごめんなさい… 苦しい 2018年2月9日 とても共感です 私は過食嘔吐をしだしてから四年経過します 病院で薬を処方されますが副作用の吐き気が気持ち悪すぎて飲めみたくなくて、直したいのに飲まなくて、結局食べては吐いての繰り返しです 私は短時間で結構吐けるので吐きやすい体質なのでしょう でも食べたら罪悪感は破壊知れませんし非嘔吐過食でどんどん体重が増えていくと欝になります 外に出歩けなくなります。 そんなに自分の姿を誰も見ていいとわかっていても醜いと思い誰とも会いたくなくなります 常に死にたいと考えています 家族は私の病気を甘えとしか思っていません 通院はしていますがきっと世間体やらでしょう 何も考えてくれていません。 もういいやって感じです.

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【体験談】過食嘔吐(カショオ)でパンパンに腫れた顔をスッキリさせる8つの方法

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それまで、アルバイトに行けるほどには体力も気力もあった奈央さんだが、過食嘔吐するようになってからは、崩れ落ちるように、日常生活が送れなくなっていった。 「昼夜逆転で、起きてから買い物、過食、嘔吐、ネットを見て寝る、というのが私の1日のサイクルでした」 過食する食料を大量に手に入れるためにスーパーの安売りを狙い、そこから異常なほどの買い物依存が始まる。 「スーパーの安売りの時間が近づくと、今日はちゃんと買い占めることができるだろうか、という不安と喜びで、いても立ってもいられなくなりました。 自分の部屋は、足の踏み場もないほど食べ物であふれ、そのにおいが充満し、過食をするベッドと、ネットをするパソコン周辺だけに座れるスペースがありました」 やがて家族が使う冷蔵庫や貯蔵庫も食べ物でいっぱいになるが、どれだけ買ってもストックがなくなる恐怖に怯え、期限切れでカビの生えたパンも平気で食べるようになった。 「美味しいと感じるのは最初の30分くらい。 それからは甘い菓子パン、ポテトチップス、アイス、カップ麺など、ただ甘いとしょっぱいを繰り返し食べて、胃がはちきれそうになったら吐く。 そして胃が空っぽになったらまた食べる。 その繰り返しで、 毎日12時間は食べ吐きを続けるうちに、やがて疲れ果てて眠る。 そうして1日が終わるんです」 その常軌を逸した無限のループを止めたくて、「明日はもうやめよう」と心に誓う。 「けれど、次の日になるとまた買い物をしたい衝動を止めることができませんでした」 言動がどんどんエスカレート 25歳のとき、自分の部屋で2度目の自殺を図るが、紐が切れてドスンと身体が下に落ち、未遂に終わった。 「死ぬことさえもできない、自分の存在は、この世でいちばん汚らしいと思いました」 両親は彼女がしていることをすべて知っていた、と言う。 「けれど、怒ることもやめさせることもせずに、ただ娘を哀れに思い、絶望し、恥じ、何をどうしていいか、わからなかったのだと思います」 親に放置されたと感じることで、奈央さんはさらに自分を追い詰めていった。

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