般若心経現代語訳。 『般若心経』を現代語訳するとこうなる

般若心経(現代語訳)

般若心経現代語訳

2011年ごろネット上で話題になった「般若心経の現代語訳(別名=般若心経ロック)」というものをご存知でしょうか。 あまりにも軽くロックな言葉で般若心経を紹介する現代語訳。 読みやすさからか、また話題になっているようです。 般若心経ってなに? 般若心経とは、中国のお坊さん玄奘(げんじょう)が『大般若波羅蜜多経』という全600巻、文字総数600万という、あまりにも膨大な文章を276文字にまとめたお経のことです。 日本人なら一度は耳にしたことがあるお経ですが、その意味を理解している人はあまりいませんよね。 悟りを開くための教えがこの276文字に凝縮されているそうなのですが…。 漢字だらけで何を言っているのか全くわかりません。 佛説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空空不異色 色即是空空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩垂 依般若波羅蜜多故 心無罫礙 無罫礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知 般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説 般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 読めない漢字もちらほら。 ありがたい教えのはずなのに、なんだか勿体ないですね。 このお経をロックな感じで現代語訳するとどうなると思いますか?.

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般若心経の意味とは?般若心経とは何か、解説いたします|終活ねっとのお坊さん

般若心経現代語訳

般若心経の現代語訳の第2弾が出来ました。 この第2弾はかなり大胆な訳になりました。 でもとても自信をもったものになりました。 一度、読んでみてください。 尊いものごとの「本来」を見極め、受け入れる力の体得の神髄を説くお経 ものごとの本質を見抜くには、「本来」を見極め、受け入れるしかない (お釈迦はおっしゃいました。 )観音さまは、心静かにしてものごとを深く深く観察していた時、ものごとの本質を見抜くには、その「本来」を見極め、受け入れるしかないと確信されたのです。 そうすれば目の前の苦しみや悩みも、自ずと消えていってしまうというのです。 あらゆるものごとは「本来」でしかない (続けてお釈迦はおっしゃます。 )よく聞きなさい。 あらゆるものごとは「本来」でしかなく、「本来」はあらゆるものごとでしかないのです。 目の前のものごとはそのまま「本来」であり、「本来」はそのまま目の前のものごとなのです。 同じくものごとの存在と働き(感じること、思い浮かべること、形作ること、見分けること)もまた「本来」として存在し、働いているのです。 だからすべてのものごとはことごとく「本来」でしかないのです。 だからあらゆることにとらわれる必要はない (さらにお釈迦はおっしゃます。 )よろしいか。 あらゆるものごとは「本来」でしかないので、生じることにも滅することにも、汚れることにも清まることにも、増えることにも減ることにもとらわれる必要がないのです。 だからものごとのの存在にもとらわれる必要がなく、その働きにもとらわれる必要がないのです。 ということはものごとの存在や働きを感知する眼・耳・鼻・舌・身体・心の善し悪しにも、その対象である形・音・香り・味・触れられるもの・考えられることの善し悪しにもとらわれる必要がない。 そしてそれらによって感知される世界の善し悪しにもとらわれる必要もないです。 さらに迷うことも、迷いが消えることも、また老いて死ぬことも、老いて死ぬことが尽きることもとらわれる必要がない。 さらには苦しみや悩み、損得や、結果がどうであるということもとらわれる必要がないのです。 本当の自分でありたいと思う者は、「本来」の自分を見極め、受け入れるしかない だから本当の自分でありたいと思う者は、「本来」の自分を見極め、その「本来」の自分を受け入れるしかないのです。 そうすることで心に妨げる隔たりもなくなり、妨げる隔たりがないからこそ、目の前の苦しみや悩み、恐れや不安もなくなっていくのです。 外から入ってくる「本来」とは食い違った考えや妄想、情報から一切離れることで、「本来」の自分を見極め、受け入れ、そして本当の自分であることができるのです。 過去・現在・未来の仏様方もみな、般若波羅蜜多(ものごとの「本来」を見極め、受け入れる力の体得)により、阿耨多羅三藐三菩提(無上の境地)を得たのです。 おまえさんの「本来」に幸あれ! (お釈迦はおっしゃいます。 )だからこそよく聞きなさい。 ものごとの「本来」を見極め、受け入れる力の体得とは、尊い力をもった道であり、尊い確かな道であり、この上のない道であり、比べることのできない道なのです。 「本来」でしかないからこそ、一切の苦しみは除かれ、本当の、間違いのない道といえるのです。 故に般若波羅蜜多(ものごとの「本来」を見極め、受け入れる力の体得)という言葉をここで説きたもう。 見極め、受け入れんとする者よ、見極め、受け入れんとする者よ、「本来」の自分を見極め、受け入れんとする者よ、「本来」の自分を素直に見極め、受け入れんとする者よ、おまえさんの「本来」に幸あれ。 般若心経。 fumonken.

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般若心経 現代語訳その2

般若心経現代語訳

般若心経の現代語訳 觀自在菩薩が、奥深い般若波羅蜜多、つまり悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを実践なさっている時、あることを自覚されました。 それは、人の心身を形作る全ての要素には実体がなく、またそれはひと所に留まらず移りゆくということでした。 そして觀自在菩薩は、それを自覚されると、一切の苦しみや厄災が消え、仏様によって悟りの境地に導かれました。 シャーリプトラさん(呼びかけ)。 人の身体を含めた全ての物質は、常に実体なく絶え間なく変化しています。 つまり実体がなく変化するからこそ、物質なのだということです。 したがって、全ての物質は実体がなく変化が絶えないものなのであり、同時に、実体がなく変化が絶えないからこそ物質なのです。 物質とモノではない頭や心の働きも、同じように実体がなく変化の絶えないものです。 物事を受け止める感覚、物事についての具体的なイメージ、物事に対する意志や欲求、そしてそれらの頭や心の働きを取りまとめて理解することも、全てが実体なく変化の絶えないものなのです。 シャーリプトラさん。 このように、万物の有り様は、実体なく移りゆくものなのですよ。 また物事は、何も無いところから生まれることはありません。 そして滅してしまい何も無くなってしまうということもないのです。 汚いものとか清らかなものなど、人の価値観も存在しません。 また、この世のどこかで増えれば、どこかで減るものです(不足することもなく、満たされることもないのです)。 よって、物事は、実体がなく、留まらず、絶えず移りゆくもので、しかもどんな極端な立場にも立たないものなのです。 同じように、感覚も、イメージも、意志や欲求も、それらをまとめて理解することも存在しません。 人の心を動かすために必要な感覚器官とそれに対応する対象物も存在しないのです。 視覚という感覚器官も、その対象物である物質も存在しません。 聴覚もそれが聴き取る声や音も、嗅覚もそれが嗅ぎ取る香りも、味覚もそれが感じ取る味も、触覚もそれが察するモノの触り心地や重さや温度も存在しません。 そして感覚器官を取りまとめる思考や人の認識する全ての物事が、存在しないのです。 したがって、眼で物質を見て心が動くという働きもない。 人が認識する全ての物事を思考することで心が動くということは、全くないのです。 このように、人の感覚器官も、その対象物も、そしてそれらが引き起こす心の働きも存在しないならば、そもそも悟りについて無知であるということすらなくなります。 ということは、悟りについて無知である状態から脱しようと頑張ることもないのです。 老いや死のように、この世の全ての苦しみは悟りについて無知であるところから始まっていると説かれていますが、そもそも悟りについて無知であるということすらないのであれば、そこから発生している老いや死のような苦しみも存在しないし、苦しみから逃れようと頑張ることもまたないのです。 つまり、この世の苦しみも、苦の原因も、苦しみが滅することも、そのために修行することも存在しないのです。 そして、悟りに至るための具体的な智慧も存在しません。 その智慧を得ることもないのです。 このようなことですから、悟りに至るために必要な智慧を得ようと拠り所にするが故に、悟りを求めて修行をしている者の心には、こだわりや固定観念がないのです。 このような修行者には、こだわりや固定観念がないので、恐怖もありません。 気持ちや思いがひっくり返ってしまうような不安定な心からは遠く離れているし、その結果、悟りの智慧が完成し、極まった境地に達するのです。 過去にも現在にも未来にも、いつの世も、悟りを得た者たちは、悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを拠り所にしているので、一切の真理を隅々まで正しく知ることのできる最高の悟りを得るのです。 これが、般若波羅蜜多、つまり悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを学ぶということなのです。 この偉大な真言。 この偉大な悟りの真言。 この上ない真言。 この上なく肩を並べるものの無い真言。 一切の苦しみを除く働きは、真実であり、虚妄ではないのです。 ですから、般若波羅蜜多の真言を説きましょう。 それは次の真言です。 「 道のりよ。 道のりよ。 悟りの世界への道のりよ。 悟りの世界への完全な道のりよ。 悟りに達したぞ!めでたし!」 以上、悟りに至るために必要な智慧を得るための核心となる真言でした。 無理やり現代語訳してしまっている部分もあるので、ちょっと怒られてしまう部分があるかもしれませんが、ざっくりと般若心経の世界観を理解してもらえたらうれしいです。

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